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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)114号 判決 1992年12月15日

群馬県桐生市相生町2丁目499番地

原告

赤石金属工業株式会社

同代表者代表取締役

赤石尚志

同訴訟代理人弁理士

長瀬成城

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

同指定代理人

本郷民男

太田正人

奥村寿一

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第13576号事件について平成3年3月19日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和55年10月11日、名称を「円筒形多翼ファンのモータ軸受け装置」とする発明について特許出願(昭和55年特許願第141140号)をし、昭和62年5月29日、これを実用新案登録出願(昭和62年実用新案登録願第81145号)に変更したが(考案の名称を「円筒形多翼ファン」と変更した。以下この考案を「本件考案」という。)、平成1年7月14日、拒絶査定を受けたので、同年8月21日、審判を請求し、同年審判第13576号事件として審理され、平成3年3月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年5月13日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

円筒形多翼ファンの側板が、多数の翼板を固定支持する環状の側板と、円筒形多翼ファンを回転自在に支持する軸受部と、前記環状の側板と前記軸受部とを連結する複数の連結部材とからなり、前記連結部材が同一形状に形成されているとともにその中間部に振動を防止する弾性ひだを有していることを特徴とする円筒形多翼ファン(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  昭和51年実用新案登録願第93409号(昭和53年実用新案出願公開第11609号公報)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下「引用例」という。別紙図面2参照)には、下記の事項が記載されている。

(a) 「対向するディスク(3)(4)間にディスク(3)(4)周縁に沿って複数の翼板(10)を取付けた羽根車(1)において、一方のモータ軸取付側のディスク(3)にはモータ軸取付部(6)の外周を一周してディスク(3)面を彎曲した凹凸部(7)を形成し、該凹凸部(7)には頂部(71)より裾部(72)(73)へ複数の切溝(8)を放射状に開設した送風機用羽根車」(実用新案登録請求の範囲)であって、

(b) その考案の目的は、「緩衝特性を改善した送風機用羽根車」(明細書2頁16行、17行)を提供するものであり、

(c) 前記凹凸部(7)は、「ボス突出基端を包囲して一周しており、凹凸部(7)は頂部(71)より内外の裾部(72)(73)へ複数の切溝(8)を放射状に開設して隣合う切溝(8)(8)間に等角度の分割片(70)を複数形成している。」(明細書3頁20行ないし4頁3行)ものであり、

(d) 前記羽根車を回転させる場合に、「モータ軸(20)にスラスト方向又はラジアル方向の振動が生じた時、この振動によるモータ軸(20)の変位がモータ軸取付部(6)を経て凹凸部(7)へ伝達される。この時切溝(8)によって分割形成された各分割片(70)は変位の方向、大きさに対応して弾性変形してモータ軸(20)の振動を吸収する。殊にラジアル方向の振動に対しては、凹凸部(7)が小分割されているため、変位方向に位置する分割片(70)が個々に伸縮し、モータ軸(20)の微かな変位に対しても敏感に反応して振動を吸収する。又モータ軸(20)にねじり振動が作用した時には該振動の大きさに対応して各分割片(70)が切溝(8)を開閉する様に弾性変形するため、ねじり力の吸収が容易且つ敏感に行われるのである。従って上記緩衝作用によって、振動が凹凸部(7)を越えてディスク(3)外周に伝わることがなく、羽根車(1)は円滑に回転する」(明細書4頁8行ないし5頁5行)ものである。

以上の開示技術を総合勘案すると、引用例記載の考案は次のようにまとめることができる。

「対向するディスク(3)(4)間にディスク(3)(4)周縁に沿って複数の翼板(10)を取付けた羽根車(1)において、一方のモータ軸取付側のディスク(3)にはモータ軸取付部(6)の外周を一周してディスク(3)面を彎曲した凹凸部(7)を形成し、該凹凸部(7)には頂部(71)より裾部(72)(73)へ複数の切溝(8)を放射状に開設し、隣合う切溝(8)(8)に等角度の分割片(70)を複数形成した送風機用羽根車」

(3)  本願考案と引用例記載の考案とを対比すると、引用例に記載された「モータ軸取付側のディスク(3)」、「モータ軸取付部(6)」、「彎曲した凹凸部(7)」、「送風機用羽根車」は、その形状、構造、機能等からみて、それぞれ本願考案の「多数の翼板を固定支持する環状の側板」、「軸受部」、「振動を防止する弾性ひだ」、「円筒形多翼ファン」であることは明らかなことであり、また、引用例に記載された「分割片(70)」は、「モータ軸取付部(6)」と「モータ軸取付側のディスク(3)」とを連結する「連結部」となるものであることも明らかなことであるので、結局、本願考案と引用例記載の考案とは下記(イ)の点で一致し、(ロ)の点で相違すると認める。

(イ) 一致点

「円筒形多翼ファンの側板が、多数の翼板を固定支持する環状の側板と、円筒形多翼ファンを回転自在に支持する軸受部と、前記環状の側板と前記軸受部とを連結する複数の連結部とからなり、前記連結部が同一形状に形成されているとともにその中間部に振動を防止する弾性ひだを有していることを特徴とする円筒形多翼ファン」

(ロ) 相違点

本願考案では、側板と軸受部とを連結する連結部が中間部に弾性ひだを有している連結部材という側板及び軸受部とは別の部品で連結されているのに対し、引用例記載の考案では、側板と軸受部とが中問部に弾性ひだを有している連結部により一体に形成されている点

(4)  上記相違点は、下記の理由で引用例に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることかできたものと認める。

本願明細書には、本願考案の効果として、

「1.円筒形多翼ファンの側板を、環状側板と、軸受部材と、これら環状側板と軸受部材とを連結する防振ひだ付きの連結部材とで構成したため、側板全体の弾性が大きくなり、従来の一体型側板に比較して防振効果に優れている。

2.環状側板、連結部材の形状が単純であるため部品の製造が簡単になる。

3.連結部材が同一形状をしているため、連結部材の部品の共用化が図られる。

4.円筒形多翼ファンの環状側板の幅を変えるだけで円筒形多翼ファンの直径の大きさを自由に変えることが出来、連結部材や軸受部材は共通部品とすることができる。

5.部品の共用化および単純化を図ったため側板の製造コストを大幅に低減することがてきる。」(平成2年11月30日付訂正明細書7頁10行ないし8頁9行)ことが記載されているが、引用例記載の考案においても、「モータ軸(20)にスラスト方向又はラジアル方向の振動が生じた時、この振動によるモータ軸(20)の変位がモータ軸取付部(6)を経て凹凸部(7)へ伝達される。この時切溝(8)によって分割形成された各分割片(70)は変位の方向、大きさに対応して弾性変形してモータ軸(20)の振動を吸収する。殊にラジアル方向の振動に対しては、凹凸部(7)が小分割されているため、変位方向に位置する分割片(70)が個々に伸縮し、モータ軸(20)の微かな変位に対しても敏感に反応して振動を吸収する。又モータ軸(20)にねじり振動が作用した時には該振動の大きさに対芯して各分割片(70)が切溝(8)を開閉する様に弾性変形するため、ねじり力の吸収が容易且つ敏感に行われるのである。従って上記緩衝作用によって、振動が凹凸部(7)を越えてディスク(3)外周に伝わることがなく、羽根車(1)は円滑に回転する」(前記(2)(d)参照)ものであるので、側板を、環状の側板と、軸受部材と、これら環状の側板と軸受部材とを連結する防振ひだ付きの連結部材とで構成した本願考案の側板でも、あるいは側板を、環状の側板と、軸受部材と、これら環状の側板と軸受部材とを連結する防振ひだ付きの連結部とを一体とした引用例記載の考案の一体型側板としても、モータ軸がスラスト方向あるいはラジアル方向の振動が生じた場合に、防振ひだ付きの連結部により振動を吸収するという点で格別に相違するものとは認められない。

また、複数の構成部品を組み合わせてある一つの部品とする場合に、それらの構成部品を別々に製造し、それらを組み合わせてある部品とするか、あるいは、前記構成部品を同時に一体に製造してある部品とするかは、その部品の機械的強度、製造のし易さ、生産性、経済性等を考慮して適宜選択決定すべき設計事項にすぎないことと認められるので、側板を、環状の側板と、軸受部材と、これら環状の側板と軸受部材とを連結する防振ひだ付きの連結部材とで構成した側板とするか、あるいは側板を、環状の側板と、軸受部材と、これら環状の側板と軸受部材とを連結する防振ひだ付きの連結部とを一体として側板とするかは、単なる設計事項にすぎないものである。

しかも、側板を、環状の側板と、軸受部材と、これら環状の側板と軸受部材とを連結する防振ひだ付きの連結部とを一体とした側板に代えて、側板を、環状の側板と、軸受部材と、これら環状の側板と軸受部材とを連結する防振ひだ付きの連結部材とで構成した側板とすることに格別に創意工夫を要するものとは認められないので、側板を、環状の側板と、軸受部材と、これら環状の側板と軸受部材とを連結する防振ひだ付きの連結部材とで構成した側板とするようなことは、当業者が必要に応じてきわめて容易になし得る程度のことである。

(5)  以上のとおりであるから、本願考案は、引用例に記載された技術事項に基づいて当業者がきわめて容易に考案できたものであり、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の引用例の記載事項の認定及び本願考案と引用例記載の考案との相違点の認定は認めるが、本願考案と引用例記載の考案との一致点の認定及び相違点に対する判断は争う。

審決は、本願考案と引用例記載の考案との一致点の認定を誤り、また、相違点に対する判断を誤り、更に本願考案の奏する顕著な作用効果を看過し、これにより本願考案の進歩性を否定したものであり、違法であるから取消しを免れない。

(1)  一致点認定の誤り

審決が本願考案と引用例記載の発明との一致点として認定した事項のうち、両者が「多数の翼板を固定支持する環状の側板」と、「円筒形多翼ファンを回転自在に支持する軸受部」と、「前記環状の側板と前記軸受部とを連結する複数の連結部」とからなる構成の点で一致するとの部分は誤りである。

審決は、本願考案と引用例記載の考案とを対比検討するに当たり、その形状、構造、機能等からみて、引用例記載の考案の「モータ軸取付側のディスク(3)」、「モータ軸取付部(6)」、「分割片(70)」は、それぞれ本願考案の「多数の翼板を固定支持する環状の側板」、「軸受部」、「連結部」に相当する旨認定し、もってそれらがそれぞれ一致する旨認定している。

本願考案においては、引用例記載の考案の円筒形多翼ファンの側板が一体で形成されているため、(イ)側板中間部にひだを設けても、側板の弾性が思った程増さず、このため防振効果があまり上がらない、(ロ)側板の形状が複雑であるため成形のための金型製作に時間がかかる、(ハ)大きさの異なる円筒形多翼ファンを作る場合には、製作する円筒形多翼ファンに合った側板を別々に作る必要がある、(ニ)全体としてコストが高くなる、という問題があるので、これを解決するため、わざわざ、円筒形多翼ファンの側板を、多数の翼板を固定支持する環状の側板と、円筒形多翼ファンを回転自在に支持する軸受部と、前記環状の側板と前記軸受部とを連結する複数の連結部材とに分割したものである。そして、このように構成することにより、円筒形多翼ファンの側板の直径が変わっても円筒形多翼ファンの環状の側板の幅を変えるだけで円筒形多翼ファンの直径の大きさを自由に変えることができ、連結部材や軸受部材は共通部品とすることができる等、後記4で主張するとおりの、引用例記載の考案にはない特有の顕著な作用効果を奏することができるものである。

引用例記載の考案においては、モータ軸取付側のディスク(3)は、モータ軸取付部(6)及びディスク面を凹陥湾曲した凹凸部(7)を一体に備えていなければならず、本願考案の多数の翼板の固定支持する環状の側板とは、明らかに形状、構造、機能が異なるものである。

同様に、引用例記載の考案のモータ軸取付部(6)はモータ軸取付側のディスク(3)に一体に備えられていなければならず、本願考案のように多数の翼板を固定支持する環状の側板と分離している軸受部とは、明らかに形状、構造、機能が異なっている。

また、引用例記載の考案の分割片(70)は、モータ軸取付側のディスク(3)の外周部と軸受部とを連結しているものではなく、一体に形成されたディスクに溝孔を開設することによって連結部のように見える分割片が形成されただけのものであり、本願考案の連結部に対応するものではない。

以上のとおり、引用例記載の考案におけるモータ軸取付側のディスク(3)、モータ軸取付部(6)、分割片(70)は、それぞれ本願考案の多数の翼板を固定支持する環状の側板、軸受部、連結部に対応するものではないのであるから、これらが対応することを前提とする審決の前記一致点の認定は誤りである。

(2)  相違点に寿する判断の誤り

審決は、側板を、環状の側板と軸受部材と、これら環状の側板と軸受部材とを連結する防振ひだ付きの連結部材とで構成した本願考案の側板と、側板を、環状の側板と、軸受部材と、これら環状の側板と軸受部材とを連結する防振ひだ付きの連結部とを一体とした引用例記載の考案の一体型側板としても、振動吸収効果に格別の相違はなく、そのいずれの構成を採用するかは単なる設計事項にすぎないとして、側板を、環状の側板と、軸受部材と、これら環状の側板と軸受部材とを連結する防振ひだ付きの連結部材とで構成した側板とすることは、当業者が必要に応じてきわめて容易になし得る程度のことであると判断する。

しかし、前(1)で主張したとおり、本願考案は、振動の吸収のみならず、側板の形状が複雑であることからくる金型製作上の問題点や、大きさの異なる円筒形多翼ファンを作る場合の部品の共通化を図ることを技術的課題とし、わざわざ側板を、環状の側板と、軸受部材と、これら環状の側板と軸受部材とを連結する防振ひだ付きの連結部材に分割したのであり、その際の分割の仕方にも、部品の共通化という課題を解決できるよう工夫したものである。

審決は、引用例にはそうした技術的課題は一切示唆されていないにもかかわらず、引用例記載の考案から、円筒形多翼ファンの側板を本願考案の構成のようにすることは、当業者が必要に応じてきわめて容易になし得る程度のことであると判断したものであり、誤りである。

(3)  本願考案の奏する顕著な作用効果の看過

本願考案は、引用例記載の考案の円筒形多翼ファンの側板が前(1)記載の(イ)ないし(ニ)の問題があるため、側板を、多数の翼板を固定支持する環状の側板と、軸受部材と連結部材に分割し、それにより

(a) 側板の弾性が大きくなり、従来の一体型側板に比較して防振効果に優れている、

(b) 環状の側板、連結部材の形状が単純であるため部品の製造が簡単になる、

(c) 連結部材が同一形状をしているため、連結部材の部品の共用化が図れる、

(d) 円筒形多翼ファンの環状の側板の幅を変えるだけで円筒形多翼ファンの直径の大きさを自由に変えることができ、連結部材や軸受部材は共通部品とすることができる、

(e) 部品の共用化及び単純化を図ったため側板の製造コストを大幅に低減することができる、という、引用例記載の考案にはない顕著な作用効果を奏するものである。

しかるに、審決は本願考案の奏するこの顕著な作用効果を看過し、もって本願考案の進歩性を否定したものである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。

2  同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

(1)  一致点認定の誤りについて

原告は、引用例記載の考案のモータ軸取付側のディスク(3)は、モータ軸取付部(6)及びディスク面を凹陥湾曲した凹凸部(7)を一体に備えているもので、本願考案の多数の翼板を固定支持する環状の側板とは、明らかに形状、構造、機能が異なる旨主張する。

確かに、引用例記載の考案のモータ軸取付側のディスク(3)そのものは本願考案の多数の翼板を固定支持する環状の側板に対応するとはいえないが、審決は、引用例記載の考案のモータ軸取付側のディスク(3)、モータ軸取付部(6)、分割片(70)が、それぞれ、本願考案の多数の翼板を固定支持する環状の側板、軸受部、連結部材に対応する旨認定しているのであるから、本願考案と引用例記載の考案との対比において記載したところの引用例記載の考案の「モータ軸取付側のディスク(3)」は、「モータ軸取付側のディスク(3)周縁」という趣旨であり、これが本願考案の多数の翼板を固定支持する環状の側板に対応するといっていることは明らかである。したがって、この点についての審決の一致点の認定に誤りはない。

また、引用例記載の考案の分割片(70)は、モータ軸取付部(6)とモータ軸取付側のディスク(3)周縁とを連結している部券であり、本願考案の連結部材も、多数の翼板を支持固定する環状の側板と軸受部とを連結しているのであるから、両者はともに連結部を備えてい点で一致しているのである。したがって、この点についての審決の一致点の認定も誤りはない。

(2)  相違点に対する判断の誤りについて

原告は、審決は、相違点に対する判断において、引用例には本願考案の技術的課題が示唆されていないにもかかわらず、当業者が引用例から本願考案の構成を採用するすることがきわめて容易であると誤って判断した旨主張する。

しかし、原告の主張する本願考案の技術的課題である「金型製作上の問題点」や「大きさの異なる円筒形多翼ファンを作る場合の部品の共通化を図ること」等の技術的課題や達成される技術的効果は、審決がいう「適宜選択決定すべき設計事項」において当業者が当然に認識している事項であり、また、審決は、本願考案の原告主張の作用効果を奏することは認めているのである。

そして、ファンの技術分野において、審決が示した「複数の構成部品を組み合わせてある一つの部品とする場合に、それらの構成部品を別々に製造し、それらを組み合わせてある部品とするか、あるいは、前記構成部品を同時に一体に製造してある部品とするかは、その部品の機械的強度、製造のし易さ、生産性、経済性等を考慮して適宜選択決定すべき設計事項にすぎない」との判断が正当であることは、昭和48年特許出願公開第77403号公報(乙第1号証)及び昭和49年特許出願公告第44441号公報(乙第2号証)によっても認められるところである。

したがって、審決の相違点に対する判断に誤りはない。

(3)  本願考案の奏する顕著な作用効果の看過について

原告は、審決が本願考案の奏する顕著な作用効果を看過した旨主張するが、それが理由のないことは、前(2)において主張したことから明らかである。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願考案の要旨)及び同3(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

また、審決の引用例の記載内容及び本願考案と引用例記載の考案との相違点の認定は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由の有無について検討する。

1  成立に争いのない甲第3号証の5(平成2年11月30日付手続補正書)によれば、本願明細書には、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果として次のような記載があることを認めることができる。

(1)  技術的課題(目的)

本願考案は冷暖房機器、その他事務機器用に広く使用されているクロスフローファンの如き円筒形多翼ファンに関するものである。

従来より、この種ファンは、ファンの形状が全体として横長に形成されているため、高速回転の際、ファンの中央部が風圧抵抗により膨らみ、さながら樽状に変形することが多い。この変形はファン長さに影響を与え、これが原因でファンが軸方向に伸縮振動することになり、ファンの正常な回転が乱されファンの性能が著しく妨げられている。殊にファンの不安定な回転はモータの回転にまで支障を来たしモータの耐久性の低下の原因ともなっている。

最近では、こうした問題を緩和するために種々工夫をこらした円筒形多翼ファンが開発されている。

その一例として、円筒形多翼ファンの側板に波形又は山形状のひだからなる防振部を形成したものがある(昭和53年実用新案出願公開第11609号公報)。

しかしながら、上記従来の円筒形多翼ファンの側板は、振動を吸収できる防振部を有している点でモータシャフトに作用する異常な力は少なくできるものの、全体が一体で成形されている上に、防振効果を高めるために防振部としてのひだの部分に多数の切溝が形成されているために次のような問題が生じる。(イ)側板全体が一体で形成されているため、側板中間部にひだを設けても、側板の弾性が思った程増さず、このため防振効果があまり上がらない。(ロ)側板の形状が複雑であるため成形のための金型製作に時間がかかる。(ハ)大きさのことなる円筒形多翼ファンを作る場合には、製作する円筒形多翼ファンに合った側板を別々に作る必要がある。(ニ)全体としてコストが高くなる。

そこで、本願考案は、円筒形多翼ファンの側板全体の弾性を大きくして防振効果を高めるとともに、側板の製作コストも低減できる円筒形多翼ファンを提案し、上記問題点を解決せんとするものである(同補正書2頁下から6行ないし4頁15行)。

(2)  構成

本願考案は、前記の技術的課題(目的)を達成するために、その要旨とする構成(実用新案登録請求の範囲記載)を採用した(同2頁4行ないし11行)。

(3)  作用効果

本願考案は、前記の構成を採用することにより、次のような優れた効果を奏することができる。

(a) 円筒形多翼ファンの側板を、環状側板と、軸受部材と、これら環状側板と軸受部材とを連結する防振ひだ付きの連結部材とで構成したため、側板全体の弾性が大きくなり、従来の一体型側板に比較して防振効果に優れている。

(b) 環状側板、連結部材の形状が単純であるため部品の製造が簡単になる。

(c) 連結部材が同一形状をしているため、連結部材の部品の共用化が図れる。

(d) 円筒形多翼ファンの環状側板の幅を変えるだけで円筒形多翼ファンの直径の大きさを自由に変えることができ、連結部材や軸受部材は共通部品とすることができる。

(e) 部品の共用化および単純化を図ったため側板の製造コストを大幅に低減することができる(同7頁11行ないし8頁9行)。

2  一致点認定の誤りについて

原告は、引用例記載の考案のモータ軸取付側のディスク(3)、モータ軸取付部(6)、分割片(70)が、それぞれ本願考案の多数の翼板を支持固定する環状の側板、軸受部、連結部材に対応するとして、本願考案と引用例記載の考案との円筒形多翼ファンの側板が、多数の翼板を支持固定する環状の側板と、円筒形多翼ファンを回転自在に支持する軸受部と、前記環状の側板と前記軸受部とを連結する複数の連結部とからなる点で一致するとした一致点認定の誤りを主張する。

そして、原告は、まず、引用例記載の考案のモータ軸取付側のディスク(3)について、これはモータ軸受部及びディスク面を凹陥湾曲した凹凸部を一体に備えていなければならないものであり、本願考案の多数の翼板を支持固定する環状の側板とは、明らかに形状、構造及び機能が異なる旨主張する。

引用例の記載事項についての審決の認定は当事者間に争いがないところ、これによれば、原告主張のとおり、引用例記載の考案のモータ軸取付側のディスク(3)は、モータ軸取付部(6)と分割片(70)を一体に形成していることが認められる。

そして、審決は、引用例記載の考案と本願考案との対比において、引用例記載の考案のモータ軸取付側のディスク(3)、モータ軸取付部(6)、分割片(70)が、それぞれ本願考案の多数の翼板を支持固定する環状の側板、軸受部、連結部材に対応すると認定しているのであるが、そこで記載した引用例記載の考案の「モータ軸取付側のディスク(3)」は、本来のモータ軸取付側のディスク(3)からモータ軸取付部(6)と分割片(70)を除いた部分すなわちモータ軸取付側のディスク(3)の周縁を指す趣旨で使用していることは明らかである。

そして、引用例記載の考案の送風機用羽根車において、羽根車(1)はディスク(3)、(4)の周縁に沿って複数の翼板(10)を取り付けるものであることは、引用例の記載事項から明らかであるから、引用例記載の考案のモータ軸取付側のディスク(3)の周縁は、形状、構造及び機能に照らして、本願考案の多数の翼板を支持固定する環状の側板に対応するものというべきである。したがって、この点についての審決の判断に誤りはない。

この場合において、引用例記載の考案のモータ軸取付側のディスク(3)の周縁がモータ軸取付部(6)及び分割片(70)と一体に形成されているとして、審決の前記判断の誤りをいうことはできない。

けだし、審決は、本願考案と引用例記載の考案とを対比するにつき、本願考案の側板が、多数の翼板を支持固定する環状の側板、軸受部及び連結部材という分割された部品から構成されるのに対し、引用例記載の考案のモータ軸取付側のディスク(3)の周縁がモータ軸取付部(6)及び分割片(70)と一体に形成されている点は、本願考案と引用例記載の考案との相違点として認定しているのであるから(この相違点の認定については原告も争わない。)、審決は、本願考案と引用例記載の考案との対比及び一致点の認定においては、かかる点を除外して、本願考案と引用例記載の考案の各部位の機能及び位置関係から対比し、共通する点を一致点として認定したことは明らかであるからであるからである。

したがって、また、引用例記載の考案のモータ軸取付部(6)が本願考案の軸受部に相当することは疑問の余地はなく、また、引用例記載の考案の分割片(70)もモータ軸取付側のディスク(3)の周縁(本願考案の多数の翼板を支持固定する環状の側板に相当)とモータ軸取付部(6)(本願考案の軸受部に相当)の間にあって、両者を連結する位置にあるのであるから、これが本願考案の連結部材に対応するとした審決の判断に誤りはない。

以上のとおり、引用例記載の考案のモータ軸取付側のディスク(3)、モータ軸取付部(6)、分割片(70)が、それぞれ本願考案の多数の翼板を支持固定する環状の側板、軸受部、連結部材に対応するとした審決の判断に誤りはなく、したがって、この判断を前提とする前記審決の一致点の認定に誤りはない。

3  相違点に対する判断の誤りについて

原告は、引用例には、前記1(1)の技術的課題を達成するため、本願考案のように、円筒形多翼ファンの側板を環状の側板と、軸受部と、環状の側板と軸受部とを連結する連結部材とに分割された部材で構成することは何ら示唆されていないとして、本願考案のように、側板を、環状の側板と、軸受部と、これら環状の側板と軸受部とを連結する防振ひだ付の連結部材とで構成した側板とするようなことは、当業者が必要に応じてきわめて容易になしうる程度のことであると判断したことの誤りをいう。

しかし、審決が説示しているとおり、複数の構成部品から成る一つの部品を製造する場合、それらの構成部分を別個の構成部材として別々に製造し、それらを組み合わせて一つの部品とするか、あるいは前記の構成部品を同時に一体に製造して一つの部品とするかは、その部品の機械的強度、製造のし易さ、生産性、経済性等の要件を考慮して適宜選択決定されるべき設計事項にすぎないことは技術常識というべきである。

そして、このことは、本願考案や引用例記載の考案のようなファンの技術分野についても当てはまる。

成立に争いのない乙第1号証によれば、昭和48年特許出願公開第77403号公報は、名称を「ドラム形ファンの翼車」(1頁左下欄2行)とする発明に係るものであるが、第1図(別紙図面3第1図参照)が示され、発明の詳細な説明に、「補強部材8を終端リング1と2に部分9で点溶接あるいは他の方法で取付けられ、同様にリング10にも部分11で取付けられる。」(2頁左上欄10行ないし12行)と記載されているように、終端リング、リング及び補強部材の各部材を溶接して組み立てた本願考案の側板に相当する部品が開示され、また、第3図(同図面第3図参照)が示され、発明の詳細な説明に、「第3図において、終端リング13と補強部材14及び15は唯一つの打抜き部材からなっている。」(同頁右上欄1行、2行)と記載されているように、前記の各部材を一体に形成した本願発明の側板に相当する部品も開示されていることが認められる。

また、成立に争いのない乙第2号証によれば、昭和49年特許出願公告第44441号公報は、名称を「送風回転体およびその製造装置」(1頁1行)とする発明に係るものであるが(別紙図面4参照)、発明の詳細な説明に、「この発明は1回の成形操作によって成形された材料により例えば、射出成形またはダイカストのような方法によって成形した送風翼分割体を形成し、これらの分割体を組立てて環状の送風翼をなす送風回転体を形成したことを特徴とする。」(1欄20行ないし24行)、「成形後取出された送風翼分割体は複数の送風翼端部の接合部分が全くなくきわめて強固なものである。従来は前述の回転体の製造に当っては、金属板等の材料を打抜きブレスなどによって各部分をそれぞれブレス加工によって成形し、これらの部品を溶着またはカシメ等の方法で接続して組立てるといふめんどうな方法によらねばならなかったので製造時に多くの時間労力を要し、しかも材料の無駄が出て不経済であり能率が非常に悪かった(「要かった」とあるのは「悪かった」の誤記と認める。)ものである。

また、前述の如くそれらの部品を溶着または、カシメ等により接続され組立られるので接続した面を均一に仕上げることが困難であり、従って回転体として使用した際にその回転が不均一になり、振れを生じ遂には破損する惧れがあった。

この発明によれば送風翼分割体を一体的成形によって一回の操作で成形するものであるから、前述のような欠点がなく、製造のための労力時間を節減し、材料の無駄をはぶき、きわめて経済的に、高能率的に送風分割体を得ることができ、しかも前記分割体をネジ止めなどの適当な手段によって互いに結合するのみで容易に完全な送風翼装置をなし、回転振れがなく、スムーズに回転する堅固な送風回転体を得ることができる。」(4欄42行ないし5欄22行)と記載されていることが認められる。

このように、ファンの技術分野においても、ある部品を一体成形して製造するか、それとも構成部品ごとに分割して製造して組み立てて製造するかということは、本件出願前から、その製品の機械的強度、製造のし易さ等を考慮して(一酸に、部品を組み立てて製造する方法では、製造しやすい部品に分割できるので、金型製作に費用がかからないという長所を挙げることができるが、一方、組立てに時間と費用とを要するという短所が挙げられる等、両者は一長一短がある。)決定されてきた事項である。

原告は、本願考案の技術的課題(目的)が引用例には開示されていないとして、本願考案の構成の採用を想到することの困難性を主張しているが、円筒形多翼ファンの側板を一体成形するか、いくつかの部品に分割して組み立てるかは、引用例記載の考案においても当然に考慮した上で考案されていると認めることができるものであって、引用例に原告主張の技術的課題の記載がないことは、何ら引用例から本願考案の構成を想到することの容易性を否定する理由にはならない。

もちろん、円筒形多翼ファンの側板の部品をどのように分割して構成するかについて創意工夫の余地はあるが、前掲乙第1号証によれば、同公報第1図の翼車が、終端リング1と中央のリング10(公報2頁左上欄16行、17行の記載からすると、この中央のリングを駆動軸12が貫通するものと認めることができる。)と、それらを連結している補強部材8とによって組み立てられているものと認められることに照らしても、本願考案のその点の構成に、考案の進歩性を肯定できるほどの創意工夫があったものとは認めることができない。

したがって、審決が、本願考案のように、側板を、環状の側板と、軸受部と、これら環状の側板と軸受部とを連結する防振ひだ付の連結部材とで構成した側板とするようなことは、当業者が必要に応じてきわめて容易になしうる程度のことであると判断したことに誤りはない。

4  本願考案の奏する作用効果の顕著性について

原告は、本願考案は本願明細書記載の顕著な作用効果を奏するにもかかわらず、審決はこれを看過し、もって本願考案の進歩性を否定した旨主張する。

本願明細書には、本願考案の奏する作用効果として、前記1(3)(a)ないし(e)が記載されていることは前述のとおりである。

しかし、(a)については、材質が同一でありながら、本願考案のような分割された部材を組み立てて成形した側板と、引用例記載の考案のような一体成形された側板とで防振効果に格段の相違が生ずるものとは考えられない。

また、(b)ないし(e)については、前述のとおり、複数の構成部品から成る一つの部品を製造する場合、それらの構成部分を別個の構成部材として別々に製造し、それらを組み合わせて一つの部品とするか、あるいは前記の構成部品を同時に一体に製造して一つの部品とするかは、その部品の機械的強度、製造のし易さ、生産性、経済性等の要件を考慮して適宜選択決定されるべき設計事項にすぎないところ、構成部分を別個の構成部材として別々に製造する場合、(b)ないし(e)の作用効果を奏する場合のあることは自明のことであり、前記技術常識に基づいて本願考案の構成を採用することにより当然予測し得る程度のものであって、何ら格別のものということはではない。

したがって、審決の本願考案の奏する顕著な作用効果の看過をいう原告の主張は理由がない。

5  以上のとおり、原告の審決の取消事由の主張はいずれも理由がなく、審決には原告主張の違法はない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面1

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別紙図面2

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別紙図面3

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別紙図面4

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